────第20話「罪の中の罪」────








其は古よりの定めの名。
死を司る二人の処女。
黒き御手は嬰児の、安らかなるを守りたもう。



(廃墟。クロエと霧香の唱和)


黒き御手は嬰児の、安らかなるを守りたもう。
 其は古よりの定めの名。

 死を司る二人の処女。
 黒き御手は嬰児の、安らかなるを守りたもう
「霧香! あんた……」
「わたし……わたしは……!」


罪の中の罪



(パリのアパート)


「ミレイユ、お茶、冷めてしまったわ」
「そう」


(荘園の静かな生活。葡萄畑で葡萄を摘むアルテナとクロエ、夕方に並んで帰る二人、ロウソクの灯りの中の質素な夕食、そして暗く小さな部屋のベッド)


「あなたはもう何度もあの本を読んだはずよ」
「儀式の前にアルテナから聞きたいの。昔みたいに、ベッドの中で」
「ふっ……」

それは旧い、旧い物語。
千年もの前に、世界の姿を見た人々がいました。
十世紀末、それは起こりました。
権力を巡る醜悪な陰謀、大勢の人が殺されました。老人も、幼子も。
人が人に対して為しえる最悪の暴虐、人々はその極限を目の当たりにしました。

何人かがその地獄を生き延びました。
彼らは悟りました、人の世の本質を。
地上は常に、邪悪と絶望に満ちているのだと。
生き残った人々は誓い合いました。
この世界に復讐する。弱き者、虐げられた者を助け、地上に正義を実現しよう。
絶対の秘密と忠誠を誓い、ここにソルダが初めて芽生えたのです。

ソルダの血は荒野に染み渡り、大河へと流れ込む。
盟約を結んだ者たちは、各地へと散り、社会の裏に隠れ住んだのです。



(暖炉の男たち)


「ソルダの血は荒野に染み渡り、大河へと流れ込む……」
「長い年月が流れた。今やソルダの血は世界中を走っている。ソルダは既に世界だ」
「我々はこの世界を維持するために活動し続けなければならない。なのにアルテナは」
「慈母アルテナ。彼女はある意味では正しい。ソルダの理想を体現しようとしているのだから」
「ノワールの復活など時代錯誤だ。アルテナを動かしているのは単なる妄想に過ぎない。ただの茶番だ」
「グラン・ルトゥールはソルダの総意に基づくものだ。アルテナがそれを標榜する限り、表立って反対する事は、出来ない」
「だが、このまま儀式が遂行されれば、アルテナはソルダの次期司祭長として最大の権力を得ることになる」
「あの女は何もわかっていない。世界を動かすのは富と権力だ」


(回廊を歩くアルテナ)


愛で人を殺せるなら、憎しみで人を救えも、するだろう。


(荒野を歩く少女)


(聖堂で祈りを捧げるアルテナ)


時代は移り変わろうとも、人の世は変わらない。
地は悲しみに満ちて、人はただ悪をなす。
なのに天は、天は何も語ろうとはしない。
誰かが罪を背負わねばならない。誰かが、罪を。
原初ソルダには二人の乙女の姿があった。
神に仕える身でありながら、あえて剣をとった二人の乙女。
その勇猛は幾万の騎士にもまさり、聖母の慈愛と死神の冷酷を併せ持つ。
ソルダの司祭長の傍らに控える黒き手の乙女たち。
その名を、ノワール。


(パリのアパート)


「だいぶ検討がついてきたわ。
 ノワールっていうのは全ての振り出しじゃなく、やつらのしかけた目的そのものだったのよ。
 ソルダはあたしたちの抹殺命令を下しておきながら、一方ではあたしたちの正体を殺し屋に伏せ、この部屋に仕掛けることもしない。
 なぜ? それがルールだからよ」
「試練。ノワールとなる者のさだめ……」
「そう。あたしたちが罠をかいくぐり続ける事、それこそがやつらの目的だったのよ。もう一つ」
「え?」
「あんたは最初から特別なポジションにいた。クロエが言っていたわよね。クロエとあんたは特別だって」
「ミレイユ……」
「そうよ。確かにあんたとクロエは特別よ。クロエが初めて私達の前に現れた時、真のノワ」
「ミレイユ! お願い、やめて……」
「……真のノワールと名乗った時、私は自分の影を見たように感じた。でも、影は私の方だったのね……」








(荘園でクロエを送り出すアルテナ)


「気をつけていってらっしゃい、クロエ。
 儀式の日はもうそこまで近づいています。

 あの子に最後の道しるべを渡してあげて」
「はい、でも、あの子のお友達は……?
「あなたも知っているはずよ。コルシカの娘にも、資格はある」
「でも……」
「心配しなくてもいいわ。あなたの信じるとおり、あなたとあの子は特別よ」
「ん……」
「あの子のお友達にはただ教えてあげればいい、ただの真実を」
「はい」


(クロエを見送るアルテナ)


ソルダの両手は二人の乙女。
ノワールの地位と名は、その後も代々引き継がれた。
穢れを恐れぬ二人によって。
厳正に選び抜かれ、黒き糸で結ばれた二人によって。
それは崇高な使命なのだから。


(暖炉の男たち)


「クロエが……動いた」
「まずいな」
「荘園に入られたら、もう手出しはできない」
「今夜、こちらもパリの騎士たちを動かす」
「だが……」
「だが?」
「勝てるだろうか? あの選ばれた二人に」
「むう……」
「そして、かつて死を司ると恐れられた慈母アルテナに……」


(夜、パリの屋根の上での銃撃戦)


人は罪を犯す。
いかにあがこうとも逃れられない。それが人の業なのだから。

ならばせめて、人のためにこの手を汚そう。

原初ソルダがあえて犯した罪。
それは人の業に対する贖罪。
ノワールは罪を重ねる。
業の歴史は繰り返される、際限もなく、永遠に。

ノワールは罪を重ねる。


(クロエ、現る)


「あなたたちはすべての試練を乗り越えた。
 そしてその罪の深さもノワールの名にふさわしい。
 わたしは来ました。約束通り、荘園への最後の道しるべを渡すために」
「荘園ってなに?」
「この地上で唯一、時の流れから取り残された聖地。
 ノワール継承の儀式はそこで行なわれます。
 ……今までありがとう、この子と一緒に居てくれて。
 でも、この子はもう帰らねばなりません」

「それを」

「受け取って。最後の、道しるべを」




祝福を受けし者
夕叢霧香
別れの朝 墓場にて

無明の朝





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