『キリカが好き』


あの子が荘園に帰って来てから、わたしたちは、いつも一緒にいる。
ある日、わたしはボルヌさんとマレンヌさんに言われた事がある。

「あなたが親しく声をかけても、キリカはあまり会話をしないし、笑顔も見せる事も無いのね」

「あの子はクロエの事をどう想ってるのかしら?」

あの子は感情をあまり表に出さない。
だから、あの子をよく知らない人は、あの子の事を誤解する。

わたしが声をかけても。

「そう・・・」

「うん・・・」

こんな返事しかもらえない。

でも、本当はとても優しい子。

わたしたちは普段は一緒にいる事が多いけど、たまに一人で行動する事がある。
そんな時、ふと周りを見渡すと、控えめにわたしを見守るあの子が、いつの間にそばにいる。

あの子は、わたしを大切に想ってくれている。
そのことをアルテナに話したら、微笑んで抱きしめてくれた。

「愛しいクロエ、あの子はあなたのことを好いていると思いますよ」

アルテナがわたしの想いを肯定してくれて、とても嬉しかった。


今、わたしは調べ物があって書庫に来ている、あの子はここに用は無いはずなのに、
さりげなく後を付いて来て、わたしの姿が見える所に座って本を読んでいる。

踏み台に乗って棚の高い段にある本を探しながら、そっと視線だけをあの子に向ける。
あの子は本を読んでいるように見えるけど、わたしを気にしてるのが分かる。

だって、読んでいる本のページを、全然めくっていないから。

ふふっ、気が付いてないのかな。

声を抑えてクスクスと笑いながら探し物を続ける。
きっと、あの子はその間もわたしを見守ってくれてる。

やがて探している本が見つかり、それを取り出して、踏み台を降りようと後ろに下がる。

「あっ!」

足を滑らせたわたしは、背中から床に倒れ落ちていく。

でも、いつまでたっても、床の固さを感じない。

それは、髪をなびかせ、荘園を吹き抜ける一陣の風の様に駆けて来た、この子の腕の中に、
わたしがしっかりと抱きかかえられているから。

この子が座っていた所からここまでは、少し距離がある、普通なら間に合うはずは無いのに。

やっぱりこの子は、わたしを大切に想ってくれてる。

わたしは抱かれたまま、ちょっとだけ頬を紅く染めて、この子と見つめ合う。
こんな時、この子はつぶやくように一言だけ聞いてくる。

「大丈夫?・・・」

この子の言葉は、飾らないけど、とても暖かい。 
春の柔らかな陽射しの様に、わたしを暖めてくれる。

この子の優しさに触れて、うれしさに心が躍るわたしは元気良く返事をする。

「はい!」

わたしの喜ぶ顔を見ると、この子は少しだけ微笑んでくれる。

「そう・・・」

いつも通りの素っ気無い返事。

だけど、この子は、さりげない優しさをくれる。

何も言わないけど、そばにいてくれる。

そっと、見守っていてくれる。


だから



わたしはキリカが好き。




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