第25話後半と第26話に関して


1.第26話でのアルテナの子供の頃の描写関連


その事について語るのはもちろんの事思い出すだけでも気持ち悪くなりますし吐き気がしますが、
アルテナの子供の頃の描写、及び関連するアルテナの今の在り様について。

ちょっと前置き。

私はこの辺りのお話をするのはすごく嫌なのですが、
NOIRを知る上で、アルテナを知るうえで、どうしても避けて通る事は出来ないのであえて語ります。
私の場合、この周辺の事について考えるだけで、本当に肉体的な吐き気を感じ、気分が悪くなってしまいます。
ですから私は、実際に吐き気を催しながら、この文を書いています。
私は、アルテナについてのそういう話は生理的な嫌悪感を伴い、生理的に受け付けられず、本当に苦痛なのです。
一体全体どうして第26話でいきなりそんな設定を付け加えたのか、とても残念です。
ですが、TVアニメの本編としてすでに放送されてしまったものなら、しかたないのでそれをも含めて解釈せねばならないのかもしれません。

私が本編ラストにとてもやるせない気持ちになってしまうのの理由の一つは、
アルテナのそういう心の傷は結局癒される事のないまま、アルテナは死を迎えてしまうという事です。
それがとてもやるせない。
ですが、既に色々語ったように、アルテナが心の傷を癒され、安らぎを得る道は、本編でも既にわずかですが見えていました。
クロエとキリカになつかれた時に見せるアルテナのあの驚きの素顔。
それはクロエとキリカに優しくされる事がアルテナの無意識に望んでいる事であり、また、
愛するクロエとキリカに優しく抱擁され、包容される事によって、アルテナの深く傷ついた心も少しづつ、少しづつ癒されるであろう事を示しています。

ですから私は「その先」にあるものは何だろう、「その先」にあるものを見たい、じゃあ見よう、という事もあってこのサイトを作りましたし、
またたくさんの心ある方々がさまざまな場所でさまざまな「アルテナのその先の癒しと救い」を補完されているのは、
そのようなまごころからであろうと信じています。

では 本題に入ります。


夜、戦火に見舞われた村、悲鳴。
瓦礫の中にうずくまって女の子の人形を抱えるうつろな目の少女。
その少女を見つけて笑う兵士。
薄暗い部屋。粗末なベッド。
ベッドに横たわる少女。
兵士の靴に踏まれる人形。
少女の横に寝転ぶ兵士。
ベッドのそばに立てかけてある黒く光る銃。
その銃を見つめる少女。


第26話で描写されているのはこれが全てです。
初め私は兵士はソルダの人間で戦火の中で少女を助け、ソルダに入れたのかとも思いましたが、
女の子の人形が踏まれる描写があるので、それは、
兵士が少女にひどい事をするつもりだった、もしくはした、という事の暗喩と捉えるのが正しいでしょう。
また、兵士が寝転ぶとき、少女が銃を一心に見つめます。
それは、ひどい事をされる前か、もしくはあとに、その銃で兵士を殺した事を暗示しています。


第20話で荒野を歩く少女が女の子の人形を取り落とし、そのまま歩いていく場面があります、
それはアルテナが子供時代…女の子の人形で遊ぶ無邪気な少女である事を人形を取り落とす事で完全に失った事の暗喩でもあります。


あの時何があったのか?
それは不完全な描写の為に視聴者の推測に委ねられてはいますが、そんなに自由度の高いものでもありません。
ほぼ2択になります。
1:兵士にひどい事をされた後に兵士を銃で撃ち殺した。
2:兵士にひどい事をされる前に兵士を銃で撃ち殺した。
もちろん、2を取りたいところです。


しかし、そう簡単にはいきません。
あの回想の後に、アルテナの「愛で人を殺せるなら、憎しみで人を救えもするだろう」の言葉と共に、
炎が画面の前に出現して戦争の絵とアルテナの「あはは、うふふ」の笑い声が流されるシーンがあります。
アルテナの今までの全ての態度も含め、アルテナがこの世界を憎みきっている事は明白です。
人が死ぬ。その事に冷笑するアルテナ。
アルテナ自身、人を殺し、殺させる指示を出すことには、冷笑を浮かべつつ、とても積極的です。
それは…アルテナ自身がかつて無力だった時になすすべもなく不条理な暴力の前に踏みにじられたから、という事も当然考えられます。
アルテナの、幼かった自分を傷つけ苦しめた無慈悲な世界に対する無慈悲な復讐、とも言えます。
現在アルテナは、不条理な暴力、理不尽な暴力を信じているでしょう。
アルテナは人を殺すとき、また殺させる時、相手に何かを問うたり、語りかけたりはしません。
問答無用に、物も言わずに、躊躇せずに殺します。
有無を言わさぬ実力行使。それがアルテナのやり方です。
それはクロエやキリカ、ボルヌやマレンヌやシスター達荘園サイドの人達に共通でもあります。

原初ソルダの思想…罪の中の罪。
「権力を巡る醜悪な陰謀、大勢の人が殺されました。老人も、幼子も。
 人が人に対して為しえる最悪の暴虐、人々はその極限を目の当たりにしました。
 何人かがその地獄を生き延びました。彼らは悟りました、人の世の本質を。地上は常に、邪悪と絶望に満ちているのだと。
 生き残った人々は誓い合いました。この世界に復讐する。弱き者、虐げられた者を助け、地上に正義を実現しよう」
「時代は移り変わろうとも、人の世は変わらない。地は悲しみに満ちて、人はただ悪をなす。
 なのに天は、天は何も語ろうとはしない。誰かが罪を背負わねばならない。誰かが、罪を」
「人は罪を犯す。いかにあがこうとも逃れられない。それが人の業なのだから。
 ならばせめて、人のためにこの手を汚そう。
 原初ソルダがあえて犯した罪。それは人の業に対する贖罪。ノワールは罪を重ねる。業の歴史は繰り返される、際限もなく、永遠に」

アルテナがこれほどまでに強く揺ぎ無い思想を持っているのか?
アルテナはどうしてこれほどまでにこの世界を憎んでいるのか?
それは…うんざりする事ではありますが…アルテナがかつて無力で何も知らない小さな子供の時に、まさにその時に、
正義たる何者にも守られずに戦勝の兵士に当然の事としてひどい目にあわされるという、
この世界そのものの理不尽さを体験したから、なのかもしれません。反吐がでますが。


自分を傷つけ否定するものが自分の周りの世界を押し包む当然の正義だとされた事が致命的な点だとも思います。
それがアルテナの「愛で人が殺せるなら」という倒置とさえ思えるあの思想に繋がっています。
か弱い少女アルテナを誰も守れなかったし守ろうともしなかった。
圧倒的に強いはずの存在である銃を持った大人の兵士…少女にとってはそれが全てであった小さな村を壊滅させた軍隊の兵士が、
何の武器も持たぬ子供の自分を傷つけさいなもうとする。
それがこの世界の現実。
アルテナの持つ全ての価値観が一瞬で永遠に不可逆な変化をしてしまったのは当然と言えば当然かもしれません。

またアルテナは自分をも憎み、否定しています。
クロエとキリカに無邪気な好意を向けられた時、アルテナはぽか〜んとなってしまう。
アルテナは自分が嫌いなのでしょう。そして自分が人に愛される人間だと思う事が出来なかった。
それは…うんざりしますが…幼少期に性的虐待を受けた子供、もしくは両親や周りから虐待を受けた子供が、
大人になってからも根深い自己否定感を持つ事に似ています。
アルテナが潜在的に持っている自殺願望、黒キリカに銃を向けられた時に「お撃ちなさい」と言い、
ミレイユと白霧香に「私を殺せ」と言う、死への願望も、自己への絶望的な否定から来るものと言えなくもありません。
もっとも、愛しい黒キリカに殺してもらうのと、アルテナにとっては愚かな敵でしかないミレイユと白霧香に殺されるのでは、
アルテナも満足度は随分違ったでしょうが。
出来うるならばあの時黒キリカに撃ってもらったほうがアルテナにしてみれば幸せだったでしょうね。


ところがさらによく考えると、もう一つの事が見えてきます。
アルテナが信仰とまで言えるほど暴力を信じているのは、
すなわちその何も知らない子供のアルテナが暴力を行使し、その絶大な力を知ったからです。
また、これはやや弱い根拠ではありますが、そのような目的の兵士であったなら少女をその後に殺さなかったというのも
不自然ではあります。普通はにべもなく殺されてしまうでしょう。
アルテナが生き延びたのはすなわちそういう目に合わなかったからこそ、とも言えます。
真実がどちらにせよ…あの兵士は「少女が銃を見つめた」描写のある時点で少女に殺されてしまっている事が確定しています。
少女アルテナを守ったのは、自軍でも自警団でも警察でも、正義の味方でも無かった。
言葉でもお追従でも美辞麗句でも下らない理想論や思想でも無かった。
安全地帯にいながら偽善と愚鈍に満ちて自分達が無知である事さえ知らずに全てを分かったふりをする無能で下らない者達でも無かった。
少女アルテナを守ったのは…
アルテナの住んでいた村を襲った暴力、アルテナの家族の命をも奪ったであろう銃、
……冷たく重い人殺しの銃だった。
そして人殺しが出来る自分だった。
その時アルテナは、思いもかけず自分が強い事を自覚したのかもしれません。悲しい自覚ですが。
「純粋たる刃をこの世界にもたらす事」は、まさに力…何物にも影響されない絶対なる力、
…残酷で冷酷で、でも幼子を守ってくれる力…を希求するアルテナの望みそのままなのかもしれません。


少女アルテナは自分にひどい事をしようとしたあの兵士を殺した。
12歳にも満たぬであろう少女にとって、それは一体どういう事だったのでしょうか?
圧倒的な暴力と理不尽さを持って当然の事のように他ならぬ自分自身の肉体と魂が傷つけられかけ、そして他ならぬ自分がその相手を殺す。
それは一体どういう事なのでしょう?
アルテナの心の内で何かが不可逆に変化しました。
一撃で、そして永久に。
あの時、何も知らなかった眠れりし少女アルテナは、「死を司る」と恐れられたアルテナ、慈母アルテナへの道を歩み始めました。



アルテナはノワールになりたかったのでしょうか?
アルテナが処女でなかった為にノワールにはなれなかった、だからノワールを自らの手で育成した、という説は残念ながら間違いです。
あの映像…思い出すのも反吐の出るあの映像…少女に覆いかぶさろうとする兵士と銃を見つめる少女、
そして「私を殺す事で真のノワールになれる」というアルテナの考え。
これらから推察できるのは、「アルテナはノワールの存在を自分の外部に置き、この目で見たかった」という事です。
アルテナは自分を守ってほしかった。
アルテナは自分の手で人殺しをして身を守ったのですが、本当は他者に守ってほしかった。
あの時、アルテナを誰も守ってはくれなかった。
確かにアルテナを守ったのは冷たく重い銃と自分自身ですが、少女アルテナが望んでいたのは…
そののちにアルテナの知る事になる、かつて在った存在「ノワール」、
死神の冷酷さと聖母の慈愛を併せ持ち、迷える子羊を業火の淵に誘い、そして嬰児の安らかな眠りを守る…ノワールのような存在だった。
アルテナはノワールに守ってほしかった。
アルテナはノワールをこの目で見たかった。
ノワールが力を振るい、自分を守ってくれる。
アルテナにとってはノワールは自分とは別の存在としてこの世界と自分の傍らに居てほしかった。


しかし一方で、客観的にはアルテナはノワールになりえるあらゆる資質を持っています。
アルテナが肉体的に処女であるかどうか…というのは前述のように結局のところ不明ですが、
そうでなくてもそれが厳密な意味でノワールになる資格に影響していたのかどうかは分かりません。
原初ソルダの示す処女…それは狭い定義である肉体的な意味での処女だったのでしょうか?
むしろ処女であるという事は、自由意志の恋愛や結婚で男性と異性関係を持つ女性ではない事、の意味合いが強い。
ノワールに必要なのは二人の絶対的な絆であり、それはおそらく二人の性的なつながりも暗に含まれているでしょう。
そうなれる人間は、男性と関係を結ぼうとする志向の女性ではそもそも無理ですが、
自由意志ではなく無理やりに喪失させられた人間であるならば、可能です。
また千年前であれば、そのような状況は今よりも強かったでしょう。
原初ソルダのノワールとしては、アルテナはまさにノワールたりえた。
死を司ると恐れられるほどの戦闘能力と無慈悲さを持ち、
死神の冷酷さと聖母の慈愛を併せ持つ慈母アルテナこそ、ノワールそのものだった。
そして裏社会では、現役時代殺しのユニットとして活動していたアルテナはノワールと言われた事もあるでしょう。
しかしアルテナは自分をノワールだとは思っていません。
それは…前述したように、ノワールに守ってほしかった、ノワールに守ってもらいたい、
そしてノワールに自分を殺してほしいという、アルテナがおそらく無意識に持っていた潜在的な望みのせいではないでしょうか?

もしもアルテナに唯一欠けている資質があったとしたら、
それはアルテナは他人と深い絆を持つ事ができなかったという事なのかもしれません。
如何なる他人にも完全には心を許さず、心のどこかではいつも独りだけで深い闇を覗き込んでいたアルテナには、
ノワール…魂の絆で結ばれた二人…には為り得なかったのでしょうか。

また、アルテナの現役時代にはアルテナと同等の資質と力を持った者が他にいなかったという事も考えられます。
しかし、アルテナがノワールになりたいと望んでいなかったので、それらの問題点は表面に出てくる事はなかったでしょう。


アルテナはノワールになる資質を持っていたけれども、ノワールになろうと望んだ事は一度もなかった。
そしてアルテナはみそぎの前に、自分の外部に望んでやまなかったノワール…クロエと黒キリカを前にして思わず二人を抱きしめる。
それは…二人を愛しいと想う無意識の気持ちと共に、
二人がアルテナが見たくて見たくてたまらなかったノワールそのものだったからではないでしょうか?










2.アルテナの考える、クロエと黒キリカとミレイユと白霧香のノワールとしての資質と資格、
  及び本編最後のアルテナの想い


クロエと黒キリカ、ミレイユと白霧香の、ノワールとしての資質をアルテナがどのように考えていたか。


アルテナは、クロエと黒キリカはノワールになる資質を持っていると考えていました。
クロエも黒キリカは、魂の絆で結ばれ、共に闇の中で生きる事を誓い合える者達です。
二人は、 死神の冷酷さと聖母の慈愛を併せ持ち、迷える子羊を業火の淵に誘い、そして嬰児の安らかな眠りを守る、という、
古のノワールのノワールたりえる所以の資質を持っています。
そして二人は「世界にもたらされる純粋なる刃」になる事ができるでしょう。


クロエは幼い時にコルシカで黒キリカの殺しを柱の影からこっそり見るのですが、その殺しを目の前に目撃した時の反応は、「わああ♪」です。
それは小さな子供であったから殺しを悪い事だとは思わなかったというのではありません。(そもそも殺し自体を悪いと断ずる事は間違ってますが)
殺しの現場をその場で見ながら大喜びするクロエは、元々ノワールになりえる資質を持っていた特別な子供だったのです。
そのような反応が出来て、そして殺しをした同年代の子供に憧れて励む、という事は、普通の子供にはできません。
アルテナが上手く乗せたとも考えられますが、やはりそれはクロエ自身の資質があったからこそ、です。
クロエにおいては、クロエの潜在的に持っていたノワールの資質はあのコルシカの殺しの目撃によって完全に表に発現しました。
「復讐は正しく行なわれるべきである」とさらっと言えてそれを地で行なう事もできるクロエは、まさにノワールになりえる逸材です。
アルテナに教え込まれたからとか、洗脳されたからなどとんでもない。
クロエが「元々そういう人間」だったからこそアルテナもクロエの良き教育が施せたのです。
ダイヤモンドの原石であるからこそ磨けば輝くダイヤになるのであって、石ころはいかにアルテナが磨いても石ころです。
クロエの人間としての資質は、戦士としての資質と同じく、アルテナにとっては理想的なものでした。


黒キリカも、幼い時にコルシカで殺しをします。
無抵抗な家族3人を銃で撃ち殺す事。それが黒キリカに与えられたつとめでした。
クロエと同じく、黒キリカもノワールになりえる資質を潜在的に持っていました。
如何に無邪気といえど、普通の子供にはそんな事はできません。
黒キリカもまたあのコルシカ殺しによってノワールの資質が表に発現しました。
黒キリカも「元々そういう人間」であり、ダイヤモンドの原石であったのです。


ただクロエと黒キリカで異なる点は、その資質を祝福されて育ってきたか否か、という点です。

クロエはその資質をアルテナによっていつも愛され祝福されてきました。
自分が一生懸命やる事を自分の周辺や、自分にとって支配的な存在である者に祝福されるという事は、
子供が順調に成長する上での非常に大きな鍵です。
クロエは常にアルテナに無償で愛された。そしてクロエのその在り方はいつもアルテナによって喜びと共に肯定されてきた。
そしてクロエはアルテナが認めてくれる事を嬉しいと感じる事が出来た。
だからクロエは自分を肯定出来るし、自分を誇りに思えもするのです。

しかし黒キリカは自分を否定する気持ちが非常に強い。
それは黒キリカがその資質を、黒キリカが育っていく過程の中でほとんど「愛されて」はこなかったからです。
戦闘者としての強さや、資質の中の殺しが出来るという部分は、育成者達に認められ、歓迎されたかもしれませんが、
そういう自分が無償で愛される、祝福される、という事は黒キリカの成長過程では無かった。
唯一荘園で過ごしたほんのわずかな間は、アルテナとクロエに愛されたのでしょう。
しかし黒キリカの今までの人生のほとんどはそうではなかった。
ですから黒キリカは自分を世界から隔絶された罪びとであるという意識が強いのです。
だからこそ、黒キリカはそのかすかな記憶と共に荘園に帰ってきた時、アルテナに思わず「ただいま」と言う。
それはアルテナとクロエだけが、かつてほんのわずかな間であったかもしれないが自分をその資質も含めて丸ごと愛してくれたという事を、
心のどこかで思い出したからではないでしょうか。



しかし、 アルテナが唯一クロエと黒キリカについて懸念があったとすれば、それは「二人はアルテナを殺せるだろうか?」という事です。
ノワールが真に何物にも束縛されない純粋な刃であるなら、アルテナをも殺せる者でなければならない。
しかしクロエにアルテナが殺せるだろうか? 黒キリカにアルテナが殺せるだろうか?
黒キリカは殺せませんでした。
あの時、黒キリカの自分自身に対する憎しみ、運命に対する憎しみ、アルテナに対する憎しみのあまりに、黒キリカはアルテナに銃を向けますが、
アルテナを愛し始めていた黒キリカにはどうしても撃つ事ができませんでした。
また アルテナを殺す事は、自分自身をも完全に否定する事でもありました。
自分をこの闇の世界に引きずり込んだ張本人のアルテナへの憎悪は消えずとも、
それでもこの同じく憎むべき自分を暖かく迎えてくれ、毛布をかけてくれ、おやすみを言ってくれるアルテナの優しい一面…
両方とも素のアルテナです…アルテナへの憎悪も、愛も、黒キリカは感じていました。
銃を下ろした時、黒キリカはアルテナを殺さない事を決めたのです。

クロエはもしアルテナに「わたしを殺してノワールになりなさい」と言われたら、アルテナを殺せるでしょうか?
アルテナはもしかしたらと思っていたのかもしれません。でもクロエは決してアルテナを殺さないでしょう。
もしもアルテナとノワールが二者択一であったとしたら、クロエはノワールの地位と名よりもアルテナと共に生きる道を選ぶでしょう。
もしアルテナがクロエを「ためらいなく人を殺せるならわたしをも殺せるはずだ」と思っていたのなら、それはアルテナの間違いです。
そしてアルテナにもそういう懸念はありました。

クロエも、黒キリカも、アルテナを殺すには優しすぎ、アルテナを愛しすぎている。
ノワールが何物にも…たとえアルテナにも…縛られない存在であるべきだというアルテナの考えからすれば、
また、ノワールに自分を殺してもらいたいというアルテナのひそかな望みからすれば、
クロエと黒キリカのそういう面は大きな、そして唯一の不安材料であったと言えるでしょう。



アルテナはクロエと黒キリカが真のノワールになる事を望み、予想しつつも、
ミレイユと白霧香のコンビも一応可能性の一つとして想定してはいた。
アルテナは今まで報告を受けているかぎりではミレイユと白霧香も真のノワールの資質を持っていると考えていた。
でも報告と実物をこの目で見るのは違います。
クロエの死の報告を受け、全てが自分の望みとは裏腹になりました。
またクロエが死んだということは黒キリカも死んでしまったという事です。
今までクロエとキリカを心から愛していたと気づく事さえできていなかったアルテナ。
ロウソクが消え、ボルヌの報を受け、アルテナは全てを失いました。
アルテナはグランルトゥールを信じていた。だから…あえてミレイユと白霧香の座席も残しておいた。
でもクロエとキリカを失い、アルテナは自分がショックを受けたと気づく事もできないほどショックを受けました。
アルテナはあの時終わりました。
アルテナをアルテナたらしめていたもの、
それはグランルトゥールでも、原初ソルダでも、子供の時の体験でもなく、
…クロエとキリカだった。
その二人は今、失われました。
報を受けてアルテナががくっと老け込んでしまったのは、クロエとキリカがアルテナの全てだった事を如実に物語っています。
悲しい時に泣き、嬉しい時に笑う。そうであればどんなにいいかしれません。
でも、人として、生き物として自然な在り様でない在り方になってしまっていたアルテナ。
悲しい時に冷笑し、嬉しい時にぽか〜んとなってしまうアルテナ。
そして涙さえ出てこないほどの悲しみと絶望に満ちたアルテナ。
あの後のアルテナが笑いながらも絶望しているのを見るのは…
笑えば笑うほどに虚しい絶望をその顔に湛えるを見るのは…とても苦しいですね。見るに耐えません。


ノワールの座を賭けた巴戦を生き延び、アルテナの前に戻ってきた者が「真のノワール」です。
本当はアルテナはクロエと黒キリカに戻ってきてほしかった。
クロエと黒キリカこそアルテナの望む真のノワールたりえる資質を持っており、
またアルテナが無意識のうちに深く愛している者達でした。


しかし、来たのはミレイユと白霧香でした。
アルテナの前に来たのがミレイユと白霧香であるならば、彼女達が「真のノワール」です。
来たからには、生き残ったからには彼女達に真にノワールになってもらわねばなりません。
ですが、この二人はアルテナの望む真のノワールの資質など持ってはいませんでした。
それは直接会って初めてアルテナには分かりました。アルテナはがっかりしました。
こんな者達を育てるために十年もの歳月を費やしたのではありません。
しかし…やるだけはやってみましょう。
でもそれはアルテナの間違いでした。とはいえクロエとキリカを失ってもうどうでもよかったのでしょう。


ミレイユと白霧香はアルテナの考える真のノワールになる資質はありませんから、
第26話でのアルテナの言葉「私を殺して真のノワールになれ」はもちろんあの二人に対して効力は持ちえません。
アルテナにしてみれば、ミレイユに関しては戦闘能力自体は格段にクロエにも黒キリカにも白霧香にも劣るにせよ、
両親を殺して「放置」した事によってどれだけノワールたる資質が熟成されたかと思っていたら、
あの人格のミレイユだったというのでさぞかしがっかりしたでしょう。
また白霧香は本来の人格である黒キリカがいなくなってしまっては、すでにただの形骸にすぎません。
アルテナがいくら語りかけても馬の耳に念仏、どうにもならぬでしょう。
でもアルテナにとっては、つい午前中にはこの胸のかき抱いた愛しい黒キリカ、
おとなしくベッドに寝かしつけられるも思わずアルテナを呼び止めてしまった可愛い黒キリカの姿であり肉体です。
せめて…すでに愛しいキリカは死んでしまっていても…せめてあの子の肉体だけは、
そしてすでに形骸、すでに影とはいえ、白霧香もまた黒キリカの一部ではあるのですから、それだけでも生きていてほしい。
本編で最後の最後でアルテナが白霧香を助けたのはそのような黒キリカへの愛のおかげです。



ミレイユは両親の仇すらまともに討てません。それはアルテナを愛し始めていた黒キリカがアルテナを撃てなかったのとはわけが違います。
もしミレイユが真のノワールの資質を持っていたなら、問答無用で躊躇せずにアルテナを撃ち殺したでしょう。
そしてアルテナもかすかにその事に希望を持ちえたかもしれません。でもミレイユは撃てませんでした。
正当な復讐さえ怖じてできない偽善に満ちた臆病者など、アルテナをがっかりさせるだけです。銃弾の返礼も当然と言えるでしょう。

アルテナはミレイユの両親と兄を殺し、ミレイユを野において放置する事によって、
幼い頃自分が体験した「平和な生活の喪失」を再現しようとしたとも考えられます。
そして自分から全てを奪った世界に対する憎しみをミレイユの中に育てようとしました。
しかし、もしそういう目算だったとすればそれはアルテナの大きな誤算です。
なぜなら、「自分の内部」が傷つけられるのと、「自分の外部」が傷つけられるのとでは、永遠の隔たりがあるからです。

ミレイユは確かに幼い時に自分のほぼ全てが依存していた両親を殺され、その死体を目撃するという非常に衝撃的な体験をしたのですが、
それはミレイユの全てを変えるには至らなかった。というよりもミレイユの本質は何も変わらなかった。
言葉遣いが俗っぽくなり、身なりが派手になり、そして殺し屋になろうとも、ミレイユはミレイユでした。
それはミレイユが「自分の内部」を傷つけられたのではないからです。
両親が殺されようとも、兄が殺されようとも、いい暮らしをしていたコルシカを追われようとも、
ミレイユの肉体と魂は全く無傷のまま、クロード・フェデーによって守られていました。
もちろんコルシカを追われてしばらくミレイユはショックで沈みがちだったのですが、
それは一時的なものであり必ず回復するものでした。事実回復しました。
コルシカでの出来事はミレイユの人生の具体的な選択肢を変えはしましたが、
ミレイユの人間の全てを決定付ける永久的な変質の要因にはならなかった。
外面はどうあれ、ミレイユの内部はノワールの資質の無い普通の子供のミレイユのままでした。
もちろん、それは全く悪い事ではありません。
普通の子供、普通の人間である事は何も悪い事ではありません。むしろそのほうが善い事でしょう。
ミレイユをこの道に引きずり込んだのはアルテナであり、その点においてはアルテナは判断を誤ったのかもしれません。

しかしアルテナは1.で述べたとおり、「自分の内部」が傷つけられました。
ひどい事があったにせよなかったにせよ、アルテナの人間の全ては永久的に変質しました。
アルテナ自身の肉体と魂の苦痛…
銃撃や砲撃を受けて逃げ回った事、
兵士に襲われかけた事、
死の荒野を飢えと乾きにさいなまされながらたった一人で何日も何日もさまよった事…
それはアルテナの「内部」の苦しみであり、それによってアルテナは永遠に変わりました。
いえ、変わったというのもそうですが、アルテナに元々潜在的に備わっていた闇を生きる者としての資質がその経験によって発現しました。
アルテナと同じ体験をしてもアルテナのようにはならない者もいるでしょう。
それはその者にはアルテナが持っていた潜在的な資質がないからです。ですからその体験によって深く学ぶ事はできない。
しかしアルテナは…幸か不幸か、はたまた運命だったのか…資質と体験の両方があり、そして今のアルテナになりました。

ミレイユは結局何も変わらなかった。アルテナはがっかりしました。



白霧香は「私達の手は黒いが、夕叢霧香としてその罪を受け入れる」というとんちんかんな事を言い出す始末。
黒キリカの残骸である白霧香にとっては、己の黒さは己の外部にありますから、それも致し方ないのかもしれません。

「黒さが真に己の内部にある」とは、手が黒いのでもなく心臓が黒いのでもなく…血と肉と骨の全てが「黒いので出来ている」事です。
それこそが…己の存在そのものが黒い、闇で出来ているという事が黒キリカの苦しみの根源であり、
だからこそ同じく血と肉と骨の全てが黒いので出来ているアルテナとクロエに受け入れられる事で黒キリカは救われたのです。
そしてそのようにしてしか黒キリカが救われる事はありえない。
黒キリカにとってはアルテナ達…闇で出来ている、世界に対する罪びとであるこの厭わしい自分に共に生きようと言ってくれ、
受け入れてくれた同じ闇の者達…は、唯一、そして何よりも大切な存在であり、
世界の果ての時に忘れられたこの荘園でずっと自分を待っていてくれたという事は、すごく嬉かったでしょう。

しかし白霧香の精神では「手が黒い」程度が認識の限度であり、それは白霧香の人格の限界です。
「その罪を受け入れる」という事はそもそも原理として不可能です。
だからこそアルテナは「最も許されざる罪をこの身に背負おう」と言うのですが、
そのとてつもない深さと覚悟は、浅い人間である白霧香、もちろんミレイユも、認識する事は出来ません。
白霧香にとっては「罪」は「受け入れる」事も出来てしまうほどに適度に軽いのです。もちろん本人にはそれでも限界一杯ですが。
しかしアルテナは「罪」の重さ、不可逆さを知っており、だからその「罪」は「背負う」ものなのだと知っているのです。
そして出来うるならば仲間と一緒に。


「背負う」とは、後悔もせず省みもせず許しも乞わず、不条理の力を振るう断罪者として生きていく過酷な道です。
ノワールが闇の中を共に生きる「二人一組」であるのは、一人では耐え難い罪を二人で一緒に背負うためでもあるのです。
闇の中を一人で生きるのはとてもつらい。許されざる罪を一人で背負い、世界に対峙していくのはとてもつらい。
人ならぬ身であればまだしも、人であれば耐えきれるものではありません。
ですからノワールは魂の絆で結ばれ、闇の中で共に生きる事を誓い合った二人で一組なのです。
原初ソルダはそのようにして始まった。そしてそれは千年続きえた。
それはその思想が世界の真理において正しいからに他なりません。


白霧香にはそのような魂の深さはありません。
深い魂の持ち主だった黒キリカは浅薄な白霧香に殺されてしまいました。
そしてクロエが死んだ時、黒キリカは完全に死にました。
白霧香はクロエが死んだ時涙を流して悲しみますが、それは涙を流して悲しむ程度だと言えます。
人は本当に絶望的な悲しみを受けた時は泣きません。
涙は気持ちに余裕のある時に流れます。
アルテナがボルヌの報を受けて泣かなかったのはアルテナがそもそも感情と表情が必ずしも一致しない人間であったというのもありますが、
アルテナには泣くほどの精神的余裕もないほどに絶望的な衝撃を受けたからです。
しかし白霧香はすぐに泣きました。
それは白霧香の悲しみがその程度である事を示し、またクロエを殺してしまったのにその程度にしか悲しめないのは、
白霧香が浅く感受性の低い人間であるからです。もちろん白霧香はその浅さなりに精一杯悲しんでいるのですが。


浅い、浅薄だという事は全く罪ではありません。それは至極普通の人間の在り様です。
浅薄という表現も、それは最も深い在り様を基準とした時の比較表現にすぎません。そういう在り様の人の方が世界には圧倒的に大多数です。
ではその浅薄は何によって罪と為り得るのか? それは深い在り様と触れ合った時になります。
そして分かりも出来ないのにその深い在り様を否定したつもりになった時、
その浅薄さは深い在り様によって排除されるべき醜い唾棄すべきものに変容します。
かつてオデット・ブーケがアルテナによって排除されたように。
千年前に、深い闇のソルダが芽生えたように。


アルテナにしてみれば、ミレイユと白霧香はふたを開けてみたらとんでもない期待はずれだった。
失って初めて心から愛していると気づいたクロエとキリカはもういない。ボルヌもマレンヌもシスターたちも。
その代わりに得たのはどうしようもない箸にも棒にもかからないまがいものだった。
「もうどうでもいい」アルテナはこう思いました。
アルテナの言葉も、アルテナの思想も、その深さも、
世界の浅い表層に生きている浅い存在であるミレイユと白霧香は感知する受容器官がないので感知できません。
それはアルテナにも分かっていた。
でもアルテナはあえて語りかけました。
それは…全てがもうどうでもよくなったからというのもありますが…
クロエを死なせ…キリカを死なせ…マレンヌも死なせ…忠実なシスター達も死なせ…ボルヌもこの手で殺し…
そもそも初めからの発端である自分が、その自分だけが、この禍々しい茶番の最後で潔くあきらめるなど許されない。
アルテナは自身の死として間違いなく苦悶死を想定していたはずですが、
そのアルテナが瞬時にしてその肉体と共に消え去る比較的楽な死に方を迎える事が出来たのは、
苦しみに満ちた生を送ってきたアルテナに与えられたせめてもの救いなのかもしてません。
あの最後の茶番の会話の最中でアルテナは喋っている自分を内心嘲笑していました。
白霧香の愛のないフライングボディアタックを受けて溶鉱炉に落ち込む時、アルテナならばあの場から助かる事も可能でしたが、
クロエとキリカのいないこの世界に生きていてももうどうにもしかたないのでなすがままにそのまま死のうとしました。


でも…この胸に抱いた小さく震えるキリカ…例えそのキリカの抜け殻と言えども…同じ姿格好をしていて同じ肉体の者ならば…
どうしようもなく浅薄でどうしようもなく物分りの悪いどうしようもない愚鈍な子供であっても…助けたい。生きていてほしい。
だからアルテナは最後に白霧香を上に放り投げ、自ら落ちていきました。
もし、アルテナがクロエとキリカだけを見ていれば、二人だけを愛し、グランルトゥールに不確定性を持ち込まなければ…
もしクロエが生きていれば、あのピンチの時にクロエがアルテナを助けてくれたでしょう。
存在自体は浅薄とは言え、白霧香には助けてくれるミレイユがいました。
ミレイユと白霧香は確かな絆で結ばれ、二人は一緒に生きる道を歩み始めました。
でもアルテナにはもうクロエもキリカもいません。
アルテナにはもう生きている意味がなかった。
クロエの死を悟ったアルテナがどうしようもなくさみしげだったのは…そして 落ちていくアルテナがどうしようもなくさみしげだったのは…
アルテナの深い後悔…生きている時にもっとあの子たちの事を考えていてあげれば…
わたしたちはみんな…こういう結果にはならなかったのではないだろうか…そんな想いがよぎったのではないでしょうか。
そして最後の最後に…アルテナはクロエとキリカに想いをとどめました。
わたしはあちらであなたたちに会えるでしょうか? わたしにその資格はあるのでしょうか?
願わくば…あなたたちともう一度会いたい…会ってあなたたちともう一度…今度こそ本当の家族として暮らしていきたい…
…素直にあなたたちを愛していると言いたい…伝えたい…もう一度この胸に抱きしめさせて…クロエ…キリカ……


霊となったアルテナはしばらくこちら側とあちら側をさまよいますが、やがてクロエとキリカの霊に見つけられます。
クロエとキリカがまとわりつくも、初めは自らの過ちを悔い、わたしにはそうされる資格はないと拒絶しようとしますが、
クロエとキリカに抱きしめられ慰められるアルテナ。
ためらいがちに手を差し出すアルテナをクロエとキリカは笑いながら思い切り引っ張ります。
いつのまにか周りに集まっていたボルヌとマレンヌとシスター達。ボルヌは笑いながらアルテナの頭をちょっと小突きますが。
荘園の人達に受け入れられ、ためらいながらもそれを受け入れるアルテナ。
集った者達は再び荘園に帰ります。
今度こそ本当の家族として暮らすために…生きている時には叶わなかった本当の幸せを得るために。
そんな風に感じます。


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