『旧い旧い物語』
ちょん。
ちょん。
「あなたたちはもう何度もあの本を読んだはずよ」
「もっとアルテナから聞きたいの。昔みたいに、ベッドの中で」
うんうん。
「ふっ」
微笑んで アルテナはベッドの端に腰掛け直し、ゆっくりと話し始めた。
「…それは、旧い、旧い物語。
かつて千年もの前に、世界の姿を見た人々がいました……」
それはわたしたちが生まれるずっと前に起きた苦しみの物語だった。
世界の真実の物語だった。
暴虐のお話だった。邪悪と絶望のお話だった。
復讐のお話だった。秘密と忠誠のお話だった。
わたしたちは穏やかな声の織り成すその物語にじっと聞き入った。
かつて何度もわたしたちはこの物語を本で読んだ。
わたしだってもうそらで言える。
でも、アルテナほど、その物語を神聖な響きを持って語ることはできないだろう。
お話は続いていた。
物語は佳境に入っていた。
憎しみと絶望の果てに、生き残った者達が誓い合うのだ。
この世界の真実を見据えて。深く、暗い闇の中で。
わたしたちはこの物語がどう結末を迎えるのか知っていた。
それは必ずハッピーエンドに終わるのだった。
だってそうだ、これは昔のお話なのだから。そして今なお…続いているお話でもある。
このお話に出てくる人たちがいなければ今のわたしたちだっていない。
わたしたちもまたこれから新しい物語を紡いでいくのだろう。
お話は終わった。
やっぱりハッピーエンドだった。
アルテナのりんとした声の端だけが暗い部屋の中に響く。
アルテナ。
わたしはアルテナのお話が好き。
でもその物語を語るアルテナは、いつも少し変だった。
アルテナはまるで…わたしたちがこの場にいないかのように、はるか遠くの別の場所を見ているかのようになった。
はるか遠くの旧い物語の世界……
アルテナはまるでその人たち自身のようだった。
アルテナ、どこへもいかないで!
でも物語が終わると、アルテナはふっと元に戻った。
もういつものアルテナだった。
……
…わたしにはどうすればいいのかわからなかった。
「えいっ!」
いきなりクロエがアルテナの首に飛びついてアルテナをベッドに引きずり倒した。
「な、何をするのですかクロエ!?」
アルテナは目を白黒させている。
「今ですよキリカ!」
わたしもアルテナにとびかかった。
わたしたちはベッドの上でしばらくじたばたし、もがいて逃れようとするアルテナをようやくつかまえた。
クロエはアルテナの頭を抱きかかえているし、わたしはアルテナのおさげをしっかり握り締めた。
わたしたちは息をはずませた。 アルテナの髪の毛がくしゃくしゃになった。
「一緒に寝ましょうアルテナ。みんなで一緒に。ね、いいでしょう?」
クロエははっきりと物を言う。…ちょっとうらやましいな。
わたしたちに頭を抱きかかえられたまま、アルテナはしばらく固まっていた。
「……このローブを脱ぎますから少し待ってください。だから、その、手を離してくれませんか?」
やったーっ!
あ、でもちょっと問題が。誰を真ん中にするの?
あの…わたしを真ん中にしてほし……いや、なんでもない…
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