『救い』


 時に忘れ去られた場所、荘園、その地の底に存在する闇の処女ノワール復活の為の祭壇。
そこは全てを焼き尽くす贖罪の業火、その終着点に向けてアルテナはゆっくりと堕ちて行く。
視界から遠ざかる真のノワールになるはずだった二人の処女。
悲願であったノワールの復活。
全てを犠牲にしてようやくそれが叶うはずたった。だがふたりはそれを拒絶した。

おちゆくアルテナの瞳に、今死に逝くその直前に、クロエの姿が映った。
もう、その笑顔を見せることの無いはずのクロエがそこにいる。
クロエがアルテナに満面の笑みを差し向け、口を開いた。
アルテナは信じられない光景を目にした。

「アルテナ、迎えに来ました」

アルテナに手を差し伸べるクロエ。

クロエが私の前に……

アルテナは差し伸べられた手を取ろうとはしなかった。

「愛しいクロエ、私はあなたに酷い仕打ちをしました、私にはあなたの手を取る資格はありません」

ノワールの復活の為、彼女を犠牲としてしまったことに心悼めていたアルテナは顔をそむける。
クロエは首を振り、アルテナに感謝の言葉を贈る。

「ううん、そんなこと無い、アルテナはわたしに幸せを与えてくれたから……
 何も無いわたしに、生きる喜びを教えてくれたから……だから、わたしはアルテナが好き」

心の奥底から湧き上がる感情を抑えられなくなったアルテナの瞳から涙があふれ出る。

「ああ、私の愛しいクロエ、真のノワールを誕生させる為、生贄となった可哀想なクロエ、
 あなたはまた私と暮らしてくれるのですか」

「はい、また一緒に暮らしましょう、歌を唄い、葡萄を取って、ワインを造り、
 一切れのパンでお食事をしましょう、私が眠る時、またアルテナのお話を聞かせて欲しい」

今、アルテナに話しかけているクロエは、あるいはアルテナの幻想だったのかも知れない。
だが、それでも、アルテナは幸せだった。
最愛の子、愛しいクロエが笑顔を向けてくれているのだから。

「さあ、いきましょう、アルテナ、新しい世界へ、ノワールの必要のない世界へ」

「ああ、クロエ……クロエ」

クロエが再び、手を差し伸べる……アルテナは自らの手を、クロエの手にかさねた。 


罪、憎しみ、黒き世界に光を求めて彷徨い歩き、この世に救いを求めた慈母アルテナは、
その生涯最後の瞬間に救いの手を差し伸べられた。









────────────────────
〜雪風さんより〜

「天上界の処女たち」


アルテナ


クロエ

マレンヌ
ボルヌ
オデット
シャオリー
シルヴァーナ
「愛しいクロエ、これからはずっと一緒ですよ……
 私たちは、ここからあの子たちの行く末を見守りましょう。
 そして、あの子たちがここに来たら、今度は本当の家族になりましょう」
「私たちがお迎えして、家族になりましょう、と言われたらあの子たち驚くだろうな、逢える日が楽しみ…………
 アルテナ、あのね、わたし、あなたに逢えて、とても幸せです」
「もう私たちは戦わなくていいのね、もうだれも苦しまなくていいのね」
「ええ、私たちはもう剣を取る必要はありません、これからはのんびりと暮らしていきましょう」
「ミレイユ、霧香、私はあなたたちの旅路が、生まれてよかった、と思える良き人生になるよう願っていますよ」
「人を裏切って生きていくなんて無意味だった。心の豊かさを得る事の出来るこの世界に来て、それがはじめて分かった」
「あの時はあなたとお話が出来なかったけど、今度逢ったら、子供の頃の様に楽しく遊びましょう。ミレイユ」
ノワールファミリーの一同&シスターさんたち

「私たちは大切な物を失った……でも、もっとたくさんの幸せを得ることも出来ました。
 私たちは愛と安らぎに満ちあふれるこの世界から、あなたたちの幸せを祈っています。
 いつか、また逢う日まで、その日まで少しだけお別れです。さようなら、私たちの愛しい、霧香、ミレイユ。お元気で」 
       


〜管理人より〜

本編ではアルテナはつらい結末を迎えてしまいました。
でもその最後の瞬間に幸せになれたのなら……
絶望に満ちてではなく、クロエたちに愛され、愛する事を自らに受け入れる事が出来て幸せな気持ちになれたのなら……
そう思うと少しは心が安らぎます。私も、最後にはアルテナはクロエたちに想いを留めたのだと思っています。
雪風さん、このたびはつらいけれどもアルテナへ救いを与ええる素晴らしいSSを贈って頂き、どうもありがとうございました。

最近私は、アルテナはクロエとの、そしてキリカとのしばしの荘園生活で、
すでに随分と癒されていたのではないかと思うようになりました。
荒野を彷徨っていた頃のうつろな目をした少女から色々な経験を経て少しづつ変わっていき、色んなことに笑ったり、怒ったり、
クロエにキリカに思いがけず呼び止められるとはっと驚いて無防備なお間抜け顔になったり。
本当に全く心がかたくななままだったらそうはなりません。
微笑む事ができ、怒る事ができ、驚いてお間抜け顔になってしまう事もでき、
そしてクロエとキリカを想いを抑える事ができずに抱きしめる事もできる。

アルテナはすでに癒されていた。
アルテナはすでに救われていた。

その事にアルテナが気づいてさえいれば……
アルテナにとって何より大切なのはクロエとキリカとの穏やかな生活なのだという事をアルテナ自身が意識して気づいてさえいれば……
そう思ってしまいます。

クロエが白霧香に裏切られたと思ったとき、そして絶望してミレイユに切りかかっていったとき、
クロエにはアルテナが居る、そしてアルテナにはクロエが要る、たとえノワールになれなくても、たとえ夢が叶わなくても、
「クロエがいなくなったらどうにも生きていけない頼りないアルテナのために、私は愛するアルテナと一緒に生きていく」
クロエにもそう思ってほしかった、という気持ちが私のどこかにあります。
敵を滅ぼすだけではなく、何気ない穏やかな生活こそ、
アルテナと、クロエと、そしてキリカが癒され安らげる唯一の場なのではないでしょうか。
アルテナも、クロエも、キリカも、それぞれにとってかけがえのない人です。
その事にもう一度思い至ってくれれば……と思います。どうかアルテナたちの魂に安らぎのあらんことを。


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