『たまにはアルテナと一緒に』




一日の務めが終わったアルテナはお風呂で体を清めていた。
しばらくすると扉の向こうに人の気配を感じた。誰が来るのかと待っているとキリカだった。

「入ってたのか。アルテナ」

「ええ、クロエはどうしたのです?」

いつもはクロエとお風呂に入っていたはずなのにキリカが一人で現れたので意外だった。

「うん、誘おうと思ったけど本を読んでたから一人で来た……あの、私も入っていいかな」

「ええ、かまいませんよ」

たまにはキリカと湯船につかるのもいいかもしれない、と思いキリカ一緒にフロに入る事にした。




せっかく二人でフロに入っているのだからとアルテナは肩から足の先までお肌を見せながら
キリカの背中を流している。

いつもは厚手の司祭服に身を包んでいるのでアルテナの肌を目にすることはなかったけど……

キリカはちらりとアルテナの体を観察する。自分にはない大きな胸が目を惹く。
これがお母さんの胸っていうのかな。とキリカは思った。

「さあ、これで終わりです」

キリカの背中に桶のお湯をかけて泡を流す。
背中を流し終わったアルテナが湯に足を踏み入れた。

「あなたもこっちへいらっしゃい」

「うん」

ちゃぷ、とキリカも湯に体を沈めアルテナの隣に腰掛けた。
アルテナは無言でキリカを抱き寄せ膝の上に乗せて歌を唄いはじめた。
透き通る湯面にのんびりとした二人の顔が映る。
キリカは湯を手ですくい上げた。顔がゆらゆらと形を崩していく。
指の隙間からさらさらと湯が零れ落ちる。同じ動作を数回したあと口元を湯まで沈めた。
アルテナの大きくて柔らかい体の感触を背中に感じながらキリカはのんびりとあたたまっている。
アルテナの歌が子守唄の様にキリカの心を弛緩させる。

「ふあぁ……」

おもわず間延びした吐息がでてしまう。目元もとろんと緩んでいる。

あったかくてふわふわで気持ちいい……

キリカが瞼を閉じようとした瞬間にガラッと勢い良く浴室の扉が開かれた。

「もう! あなたったら先に入るなら言ってくれればいいのにぃ!」

「あ、クロエ」

クロエが無駄のない均整の取れた体に小さなタオルを巻いて浴室に入ってきた。

「むっ!……」

 

キリカを抱っこして湯船に浸かるアルテナの姿を認め、クロエは入り口で立ち止まり眉をひそめる。
アルテナは横を向いてクロエの咎めの視線をしれっとかわし、何事も無かったかのようにキリカを抱いている。
毎日楽しみにしているキリカとのお風呂タイムをアルテナに取られてしまったクロエはつまらなそうな顔で
自分の体を洗い始めた。
わしわしと急いで体を綺麗にしたクロエは湯に浸かりアルテナとキリカの隣に座る。

「お湯加減はどうですか」

わざと抑揚を抑えた声でクロエが尋ねた。

「うんいいよ、アルテナの抱っこもとても気持ちいい」

クロエが湯船に入ってもアルテナはキリカを抱き続けている。

「むむむ!……」

クロエはアルテナに厳しい視線を投げかける。

「あまり長湯するとのぼせますから上がりましょうか?」

アルテナはキリカの耳元で告げた。

「そう?……わかった」

キリカはアルテナの腕の囲いをするりと抜けて立ち上がった。

「あ、私も上がります」

クロエも湯船から立ち上がった。

「あなたは入ったばかりだしもう少しいてもいいですよ」

今はクロエから出来るだけ遠ざかりたいと思うアルテナであった。

「いえ、長湯は体によくありませんから」

「そうですか……」

「アルテナ」

風呂場の扉の前で待ちくたびれた様子のキリカがアルテナを呼んだ。

「ほら、キリカが待ってます」

クロエがあごで促す。

「ええ、いま行きますよ」

脱衣場でアルテナはタオルでキリカの頭を包んで水気を吸いだす。
続いて体についた水滴を首筋から胸、お腹、お尻、太もも、足の先まで丹念にふき取る。
体を乾かしたら次は寝間着を着せる。

「手を上げなさい」

アルテナは上着を手にキリカに腕を伸ばすようにと指示を出す。

「うん」

キリカはアルテナの言うとおり天井に向けて両腕を上げた。
キリカの頭から上着をすっぽりと被せておへその辺りまで下ろす。
次にアルテナは薄手のズボンを取り出ししゃがんだ。

「ほら足を上げて」

「うん」

キリカはアルテナの肩に手をかけてバランスを取り片足を上げた。
アルテナが素早くズボンの片足を通した。

「これで終わりです」

もう片方も同じ要領で事を運ぶ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

お礼を言ったキリカにアルテナは微笑んだ。
そんな二人をクロエはちょっと不満そうに眺めている。

「あなたもこっちにいらっしゃい」

アルテナはクロエが何を想っているかを察してキリカと同じように寝間着を着せてあげた。
キリカとクロエを着せ終えたアルテナは今度は自分の寝間着を身に着ける。




三人は寝間着に着替え、脱衣場から各々の部屋へ戻る。

「アルテナ……少しお時間をいただきたいのですがいいですか」

早々に立ち去ろうとしたアルテナをクロエが呼び止めた。

「え、ええ」

クロエはアルテナの寝室に向かって歩き出す。その後をアルテナはあきらめ顔でついていく。

「さてと、そこに座ってください」

部屋に入るなりクロエはベットを指差した。
はい、とアルテナはおとなしく指示に従う。
アルテナが座るのを確認したクロエは先程の行状についてお説教をはじめた。

「役割分担はしっかり分けないとダメでしょう?料理はアルテナ、洗濯とお風呂は私、ちゃんと分けないと
あの子が混乱するではないですか。聞いていますかアルテナ、何度も言うように……(くどくど)……」

クロエはキリカの世話の役割分担についての効果と重要性と説き続ける。
延々と続く演説にお風呂の湯ですっかりあたたまったアルテナの頭は思考停止寸前に陥った。

「ふわあ……」

睡魔に襲われたアルテナのまぶたが上がったり下がったりしている。
ポテッ……ついにアルテナはふわりとベットに倒れこみそのまま目を閉じて寝息をたてる。

「まだ話は終わってません。起きてください。アルテナ」

「く〜く〜」

アルテナの体を揺さぶるが起きる気配がない。
これ以上は無駄と悟ったクロエはやれやれ、とため息をついた。

「あの……」

クロエがアルテナの寝顔を見ているとキリカがやって来た。

「どうしたんです。あなたは部屋で休んでいたのではないのですか」

「アルテナとクロエが一緒に行ったから気になって」

キリカは一人でいるのがさみしかったから二人の様子を見に来たのだった。

「そうですか、でも私も肝心のアルテナが寝てしまったのでもう帰ります」

「そう、なんだ……」

キリカは沈んだ声で短く言った。

「そうだ、どうせ部屋に戻ってももう寝るだけですし何処で眠るも一緒ですからここで寝ましょう」

「うん」

キリカは喜んでクロエの提案に即答した。
クロエは毛布をアルテナに被せ直しそのままベットにもぐりこむ。

「さあ、あなたもどうぞ」

クロエがベットの中からキリカに手招きをする。

「うんおじゃまします」

キリカはアルテナの隣に体を滑り込ませた。

「あ、枕がないよ」

「そういえば……ではこうしましょう」

クロエは眠るアルテナの腕を引き出し自分の頭の位置まで移動させる。

「アルテナの腕枕です」

アルテナの腕に頭を乗せたクロエは笑みがこぼれる。

「私も……」

キリカもアルテナの腕を取り枕にする。

「アルテナの体、とても暖かいです」

クロエはアルテナに抱きつくように横になっている。

「うん。お風呂に入っているみたいに暖かい」

キリカもアルテナの体温に心地よさを感じている。
風呂上りのせっけんの香りとアルテナの髪の匂いが鼻腔をくすぐる。

「クスッ……もう寝ましょうか」

クロエは一生懸命にアルテナの匂いを嗅いでいるキリカの仕草がおかしくて笑った。

「うん。おやすみなさい。クロエ」

「おやすみなさい。キリカ」

すやすやとすっかり熟睡しているアルテナを挟んで二人はすやすやと寝息をたてはじめた。




日が昇りかけのまだ薄暗さを残す早朝、腕に掛かる荷重にアルテナが目を覚ます。

「う、ん、腕が重い……」

見回すと自分を中心としてベットの両脇に愛しい娘達がすやすやと眠っている。
いつの間にか同じベットで寝ている、しかもアルテナの腕を枕にしている。
昨夜のクロエとキリカの間のやり取りを想像して、アルテナは顔を僅かにほころばせ小さく笑った。
二人の寝顔を一頻り眺めた後、もう一度眠りに着こうと目を閉じた。

「おやすみなさい。キリカ、クロエ」

アルテナは愛し子達の温かさを感じながら心地良いまどろみの中に誘われていった。








〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

雪風さんよりSS『たまにはアルテナと一緒に』を頂きました。
このお話は私が描いた漫画『役割分担』 (元ネタはココロ図書館)が元になっています。
「む」「しれ」のクロエとアルテナ、そして何も分かっていないキリカですね。クロエ、何気に独占欲強し(笑
アルテナにお世話されまくるキリカが良いです。
おとなしくされるがままに濡れた髪を拭いてもらったり体を拭いてもらったり服を着せてもらったり……
それらはすごくすごーく心地のよい事だったりするわけで……
……キリカ、うらやましいぞ(笑
でもそれらは私のはずだった、私の役割のはずだった!(する方かされる方かどっちが?(笑))というわけで
クロエがやきもきするのは致し方ない事なのかもしれません(笑
最後にアルテナをはさんでうでまくらっこするクロエとキリカもあったかでいいですね。
雪風さん、このたびはぬくぬくでぬくぬくな暖かいSSを贈って頂き、どうもありがとうございました。


頂き物に戻る

NOIRのコーナーに戻る

トップに戻る