『アルテナと小さなお母さんたち』




荘園の朝。
慈母アルテナは目覚めた。
ベッドの中でぬくぬくと二度寝を味わいたいところではあるが、そうもいくまい。
アルテナはやおら起き上がり、ベッドから降りた。いつもより高い段差。ん……?
クローゼットを開け、司祭服を取り出そうとする。はるか高くにそびえるハンガー。んん……?
しばしののち、アルテナは自らの体に起こった異変に気づいた。

「大変です、大変です! ああ、クロエ、キリカ!」
アルテナはいつもの冷静さを失い、廊下を真のノワールをも上回る速さで走り抜け、食堂へ駆け込んだ。
「おや、この子は……?」
既に食堂に会し、コップやお皿など、朝食の用意をテーブルに整えている最中だったクロエ達の目は、
息を切らせているダボダボの服を着たブロンドの髪の少女に一斉に注がれた。

クロエは戸惑いつつしゃがみこみ、少女に優しく問いかけた。
「あなたはどこから来たのですか?」
この子は近くの村からこの荘園に迷い込んだのだろうか。
「私ですクロエ。分からないのですか!? アルテナです。朝起きたらこのようになっていたのです」
もどかしそうに叫ぶアルテナ。
沈黙。
「ええ────っ!?」




事態の把握に小一時間を要した荘園の人達。
しかし現に起こってしまった事であればそのように対処せねばなるまい。
クロエはとても心配している。
キリカはかつてないほど動揺している。
ボルヌとマレンヌはなぜか喜んでいる。
シスター達は解放感を味わっている。
とりあえず今のアルテナのサイズに合うクロエのお古の服を探し出す。
アルテナは一人で着替えようとするが上手くいかない。
クロエとキリカはしゃがんで着替えを手伝う。
まずは朝食を取る為に食堂へ戻る一同。
体はキリカよりもさらに小さく、皆の腰くらいしかないが、その精神は慈母アルテナのまま。
冷静さを取り戻したアルテナは立ったまま椅子にもたれ、なぜこのような事が起こったのかを考え始めた。
(私が子供に…… これは一体どういう事なのでしょうか? 何かの突然変異? 
 これが本当の大いなる回帰? もとい小さくなる回帰? いえ、このような戯言を考えている場合ではありません……)

腕を組み考え込むアルテナ。

ふと気づくと、アルテナはクロエの膝の上に収まっている。
「な……?」 「アルテナ、朝食を取りましょう」 「わ、私は……」
「アルテナが椅子に座ってもテーブルは高すぎます。これなら落ち着いて食べられます」
「……しかし……」 「…………」
周りの沈黙に気づき見渡すと、皆は目を閉じ、手を組んで、静かに祈りを捧げている。
アルテナは不本意さを感じながらも皆にならい、クロエの膝の上で手を組み目を閉じる。
祈りを捧げた一同は、食事を始める。

バスケットの中からパンを取ろうと手を伸ばすアルテナ。
しかし届かない。

と、キリカが隣からひょいっと手を伸ばしてパンを取り出し、アルテナの伸ばされた手に乗せる。
「あ、ありがとう」 「……」
こちらをじいっと見つめる無言のキリカの視線がなんだかくすぐったいアルテナ。
目を転じ、パンを両手ではぐはぐと頬張る。

スープが飲みたくなったアルテナは、スープのお皿の横に置いてあるスプーンに手を伸ばす。
今度は手が届く。

と、そのスプーンは後ろからするりと伸びてきた手によって奪われる。
「アルテナ、私が飲ませてあげます」
後ろからクロエの妙に嬉しそうな声が聞こえる。
おしりの下のクロエの膝が揺れている。
「……クロエ。私はもう子供ではないのだから一人で食べられます」
「子供です」
 「はっ!!!!」

そんなこんなで朝食はつつがなく終わり、いつもと変わらぬ荘園の一日が始まる。
ただ一つ、慈母アルテナの代わりに、少女アルテナがいる事を除いては。






そんなアルテナと荘園の人達との一日は……

クロエに抱っこされてしまったり、キリカにおさげをつかまれてジタバタしたり。
二人に頭をなでなでされて不平そうに控えめに口をとがらしたり。
ごはんを食べさせてもらって口の周りを拭いてもらったり、
ついているパンくずをひょいっと手でつまみ取って食べられてしまったり。

午後のお昼寝タイムではキリカに膝枕をされながらクロエに子守唄を歌ってもらったり。
マレンヌにねこじゃらしをじゃらされて思わず反応してしまったり。
おいでおいでをするマレンヌをむきになって追いかけたり。
「そんなに走り回ってはダメですよ、あ、ほらこけた、泣かない泣かないー」とボルヌに諭されてしまったり。
シスター達に戸惑われながらも様々な事務報告をされたり。
お風呂には「一人で入れます」と言うも、結局クロエとキリカに入れてもらったり。
「肌がつるつるです」「ほんとだ、つるつるしてる」「ああっ、あまり触らないで」 と身もだえしたり。
「そんなに暴れたら洗えないでしょう、めっ!」とクロエに怒られてしまってしゅんとなってしまったり。
湯船につかり百まで数えたあとタオルでワシャワシャと髪を拭かれたり。
「髪綺麗ね」とクロエたちに優しく髪を乾かしてもらったり。
くすぐったいけど我慢して髪編みを委ねてもらったり。後ろで二人がくすくす……うう、気になる……
寝る時はベッドの中でアルテナを挟んで川の字になってお話をされたり。
クロエとキリカのお風呂上りの良い香りに包まれたアルテナはこれまでに無い暖かさと安心感に包まれる。
そしてお話を聞きつついつの間にか眠りについてしまう……






そして次の日の朝。
アルテナは目覚めた。
ベッドの中でぬくぬくと二度寝を味わいたいところではあるが、そうもいくまい。
ん……? 間近で静かな寝息を立てているクロエの顔がある。
んん……? 後ろに寝返りをうつと、静かな寝息を立てているキリカの顔がある。
しばしののち、アルテナは昨日何があったかを思い出した。

自分の身に起こった異変とその後の就寝までの顛末をほぼ全て思い出したアルテナ。
一人紅くなる。
しかしどうやら自分の体は元に戻っているようだ。なぜかは分からないが。
クロエとキリカの腕は自分の肩と腰に中途半端に回された格好になっている。
察するに昨夜二人は子供の体の自分を前後からしっかりと抱きかかえて眠りについたようだ。
元に戻った以上、このままの格好は少々恥ずかしい。もっとも子供であっても恥ずかしいが……
しかし 自分をおし包む二人の暖かいぬくもりが心地よいので、少しだけ二度寝の余韻を味わう事にする。
ぬくぬくだ。

……二人が目を覚ましてしまうとまずいので、アルテナはそっと二人の腕の中から抜け出し、ベッドの端に腰掛けた。
そしてしばらくそのままベッドで身を寄せ合って眠る二人の寝顔を眺めていたが、やがて少々肌寒さを感じた。
今着ている服は昨日着せられたクロエのお古であり、子供には膝下まである大きなシャツである。
しかしそのシャツも今の自分には腰上までしかないし、前ははだけている。これでは寒いのはもっともである。
早く司祭服に着替えねばなるまい。


クローゼットを開け、淡い紫色の修道服をハンガーから外して手に取る。
なんだか随分着ていないように感じる。たった一日袖を通していないだけなのだが。

着替えを済ませたアルテナは一日の準備の為、きりっとした顔で扉へ歩みを進めた。
ふと振り返る。
ベッドではクロエとキリカが静かに眠っている。
二人の寝顔をじっと見つめるアルテナ。
アルテナはわずかに顔をほころばせ、伏し目がちにうつむいて口の中でつぶやく。
「ありがとう……小さなお母さんたち」
踵を返すアルテナ。
トン、トン、トン……カタン。
アルテナは静かに扉を閉めた。




まだ誰も起き出していない静かな朝。
建物の中は冷ややかな空気に満ちている。
しかし外からは小鳥の控えめなさえずりが聴こえてくる。
石壁に所々に穿たれた窓からは柔らかな光が曲がりくねりながら迷い込んでくる。

アルテナはきびきびと歩みを進め、正面の出口から外に出た。
野外の大気は建物の中よりもさらに冷え冷えとしている。
思い切り伸びをし、深呼吸をする。
自身の口から漏れる吐息は白くぼうっとしている。
目の前に広がる葡萄畑には濃い霧がかかっている。
しかししばらく眺めているとその霧にも光が満ち満ちてくるのが分かる。
葡萄畑の向こうの山々のさらに向こうから、朝日が登ってきているのだ。
濃霧は弱々しい光を含んで紫色を帯びてきている。
いつもの変わらぬ冬の荘園の朝だ。
しかし今日の空気はいつもより少しだけ新鮮な気がした。
アルテナはもう一度伸びをした。

荘園に朝はやってくる。紫の霧の向こうから。







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『アルテナと小さなお母さんたち』

体だけ子供化してしまったアルテナはクロエやキリカに可愛がられまくりーの、お世話されまくりーので癒されまくる、というお話は、かなり前からイメージがありました。今回挙げたSSは私と雪風さんが以前このアルテナ子供化のお話でネタリレー(記念すべきネタリレー第一回!(笑))した時のものが元になっています。こちらでの展示を快諾してくださった雪風さん、どうもありがとうございました。また歩さんのお話も入っています。歩さん、事後で申し訳ありません(汗 今はSSの形ですが、絵も描けたらなあと思っています。

そしてこの奇妙な一日の後しばらくは、クロエ達はなぜか慈母アルテナに世話をやきたがり、慈母アルテナは中々それを拒めないのでした……ちゃんちゃん(笑


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